じんじ徒然草(代表者のつぶやき)

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人事部の役割とは?

初めて人事部に配属された32年前、銀行人事部の最大のミッションは「役員候補の社内選抜」だった。人事運用の担当者が定期的に全拠点を巡回し、個別面談を行って、一人ひとりの人柄や能力、適性を頭に叩き込み、どの社員をどこに配置するか、深夜まで侃々諤々の議論を重ね人事異動案を組み立てていた。人事部が絶大な人事権を持ち、社員の入行年次を軸にした「年次管理主義」の人事運用だった。

これに対し、27年前、外資系投資銀行に移り経験した人事部は、アドミニストレーター的存在。当時から、業務の必要性に応じて中途採用を行い、マーケットバリューを参照して処遇を決める「ジョブ型」が確立しており、人事権は各部門が握っていた。「戦略人事」への転換を試みていたものの、グローバルなレポーティングラインで動く各ビジネスの独立色が強く、それぞれの部門の権限が圧倒的に強いなかにあって、人事部が存在感を発揮する主な場面は、退職勧奨等の労務リスク対応にとどまっていた。

以上のモデルは両極端だが、当時のそれぞれの業態に適合するものだった。ところが、昨今、社会経済環境の大きな変化や業務の多様化・高度化が進み、当然ながら、このようなモデルでは到底対応できなくなってきている。今、多くの人事部は、経営戦略実現に向け、各ビジネスの特性に応じた適材適所を進めようと模索しており、経営戦略の策定・実行を支援する「ビジネスパートナー」としての役割が重要になっている。併せて、戦略を実現するための人材確保と活用が不可欠なので、社員一人ひとりの状況をきめ細かく把握し、能力開発やキャリア形成を支援して、エンゲージメント向上を図る必要もある。このように、各部門の経営戦略を支えるベクトルと社員に寄り添うベクトルの両方を同じ方向に統合する必要がある。戦略や目指す業績水準につき、経営層と社員の共通理解を促進し、企業と社員双方の成長を支援するのが人事部の重要な役割となっている(つづく)。

「仕事が先」「適所適材」「人財」?

30年以上前のことだが、銀行入行4年目の年から2年間出向し、運輸省の物流政策企画担当課の末席に加わった。「官僚」=杓子定規という偏見があったのだが、着任初日、上司から、「組織令にある所掌事務として読み込めるものは何でもどんどんやって良い」と言われ、驚いたことを覚えている。

システム障害や検査不正を起こした会社の「言われたことしかしない」「事なかれ主義」がやり玉に挙がったが、職務記述書で「『仕事』を先に決める「ジョブ型」は、この「事なかれ主義」を助長するリスクがあるのではないか?律令制以来の組織分掌の方がよほど柔軟性があるように思われる。ちなみに、以前、外資系生保にいたとき、株主が変わり、アメリカ本社から乗り込んできたトップから「全社員の職務記述書を作れ」と言われたのだが、「組織分掌があるので必要ない」と反論し、諦めてもらったことがある(「ジョブ型」が流行し始める以前のだいぶ昔の話だが)。

 

「『人』が先ではなく、『仕事』が先」とか「『適材適所』ではなく『適』」だ、という人もいるが、失礼ながら、建設的な議論とは思えない。過去に見てきた外資・海外の金融機関で職務記述書をきちんと整備、更新しているところはなかったし、アサインする人の経験・能力によって前任者とは職務内容を変える、あるいは、その人の能力を活かすために別のポジションをアサインする、ということも頻繁に行われていた。「仕事が先」にこだわっていては、人材活用が硬直的になるのではないか?

 

言葉遣いについて、そんなにムキになる必要はないかもしれないが、「人」という当て字も好きになれない。「人材」の「材」は、「材料」ではなく、才能の「才」の意味で使われており、何もわざわざ「財」に替える必要はないと思われる。「仕事が先」「適所適材」と言う人ほど「人財」と書きたがる傾向があるように感じるが、「我が社は人を大切にしているので『人財』です」と殊更に強調するのはなんだかわざとらしい感じがする。「人が大事」なのであれば、「仕事が先」「適所適材」と言うのは矛盾ではないだろうか?(ちなみに、「人財」と書く人は「適所適」とすべきだろうが、まだ見たことがない)

 

肝心なのは、社員一人ひとりの能力、経験、適性、価値観の違いを見極め、その違いに応じてその人の成長につながる仕事をアサインする、あるいは成長につながる目標を共有することではないか?社員が成長し、会社も成長するサイクルをつくる「人」起点のマネジメントが必要だろう。

社員が自分の属する会社の理念に共感し、自分自身の仕事の意味を腹に落とし、その意味を実現しようとする意識・姿勢を促したい。「お客さまに提供すべき価値は何か」「その価値を生むために何をすべきか」を議論する場を設けたり、一人ひとりの力の発揮・向上状況について1on1で上司と部下が丁寧にすり合わせる。常に社外のベストプラクティスに目を向け、切磋琢磨して新しいアイデアを生む出すことを促す。上司が部下の「心理的安全性と「多様性」を尊重し、一人ひとりの知恵を最大限に活かすマネジメントを徹底する。言われたことだけを言われた通りにやるだけの「タスク」ではなく、社員一人ひとりが、お客さまに対し提供する価値を追及する「ジョブ」を極める。この意味での「ジョブ型」にしたい。

(「上司と部下が1on1ミーティングをやり、部下のやる気が上がったところ」をAIに描いてもらったのですが、家庭教師と子供のような絵になってしまいました)

どこで働くか?

 39年前(!)、新卒で銀行に入り、命じられた初任地は大阪。縁もゆかりもない土地ながら、恵まれた環境で仕事の基礎を叩き込まれ、楽しく充実した毎日だった。2年後、異動となり、早朝、新大阪の新幹線ホームにわざわざ大勢の支店メンバーが集まり万歳三唱で送り出してくれたのを思い出す(古き良き昭和のひとコマ?)。

時は移ったが、依然として「辞令一つで全国どこへでも転勤当たり前」の企業も多いと思われる。しかしながら、90年代初め頃から、「働く部署は自分の意志で決めたい」という社員のニーズに対し、自己申告、FA、ジョブポスティング等の制度で部分的にせよ応えようとする企業の動きが一般的になった。さらに最近では、コロナ禍が多くの人の「働く場所」に関する意識に大きな影響を与え、隔地転勤を敬遠したり、「どこで働くか」より「どこに住むか」を優先する人が珍しくない印象もある。ここ1、2年、就職活動している学生は、さらに地元志向の度を強めているのではないか?
このような状況下、本人が望まない隔地転勤を廃止した企業、リモートワーク前提で地方勤務者の本社配属を行う企業、あるいは本社機能の地方分散を行う企業もある。これに「ジョブ型」への移行が加わると、場所だけでなく、仕事も固定化する流れになっていく。
「令和元年版労働経済白書」でも、「本人の希望を踏まえた配属、配置転換が社員のエンゲージメントと正の相関がある」という分析が示されているが、より良いキャリアをつくるためには、一つの限られた領域の経験だけでなく、広い視野、高い視座も必要と思われ、また、そもそも、仕事を決める上で、自分自身の適性や価値観をどこまで十分理解、把握しているのだろうか?、と思わなくもない。
可能性の幅は広めに持ち、柔軟に考えた方が良いのではないだろうか。よほど際立った専門性を持っている場合は別として、拙速に決め打ちして自分の可能性を狭めない方が良いのではないか、と思うのだが、大きなお世話だろうか。

労働新聞社「労働新聞」コラム「ぶれい考」掲載原稿を同社許諾を受け転載、一部修正。画像はMicrosoft Designerで作成。新幹線が新しすぎますが、、。

匿名の暗殺

anonynous assassination(直訳すると「匿名の暗殺」)。人事の仕事をしていてこんな物騒な言葉を耳にする機会はめったにないだろう。数年前、当時在籍していた会社の海外現地法人に360度サーベイの導入を働きかけたところ、「誰が評価者かわからない無責任な評価で管理職を殺すのか!anonynous assassinationだ」と猛烈な反対を受け、びっくりしたことがある。この発言の背景には、評価は上司が部下を動かすための最強のマネジメントツールであり、上司の専権事項であるべきだ」という強い思いがあったと理解している。

これに対し、一般的には、360度サーベイについて、「評価の客観性や納得感を増す」メリットが強調されることも多く、会社によっては、サーベイ結果を直接的に報酬に反映する例や、360度サーベイの結果で経営者候補を選ぶという例もある。しかしながら、評価基準があいまいな数名の評価に、処遇を決めるに足る「客観性」や「納得感」を期待できるだろうか?

360度サーベイは、やはり、基本的には、今後の能力開発に向けた気づきを得る教育目的での活用にとどめるべきものであろう。結果について丁寧なガイダンスを行うことで「匿名の暗殺」を避けることは可能であり、大きな効果を期待できるはずである。

 

(労働新聞社「労働新聞」コラム「ぶれい考」掲載原稿を同社許諾を得て転載、修正)

「偶然」と「転機」

「偶然」と「転機」。一人ひとりのキャリアは、この2つの組合せの妙の上に成り立っているのではないでしょうか。デジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進む「人生100年時代」において、自分らしく、より良いキャリアを作っていくためには、「偶然」の出来事を好機とし、また、「転機」をうまく乗り切ろうとする社員自身の自律的な取組みに加え、企業(直接的には上司)の積極的な支援がますます重要になっていくでしょう。
 
ちなみに、キャリアカウンセリング理論のクルンボルツ博士によれば、「偶然」を好機に変えるスキルとして、①好奇心、②持続性、③柔軟性、④楽観性、⑤リスク・テイキングの5つがあり、この5つのスキルを使って「計画された偶然」を作り出すことで、「人生の質」を深めることができるそうです。クルンボルツ博士自身も、テニスに熱中し専攻を決めかねていた学生時代、テニスのコーチがたまたま心理学の先生だった「偶然」が作用したとの由。

閑話休題。私は、大学卒業後、銀行の法人営業担当としてキャリアを始めましたが、30歳の時、人事企画担当に異動したのが人事キャリアの起点。その後、銀行の経営悪化に伴い、外資系投資銀行に転籍。「人事から離れたい」と思って別の銀行に転職。不動産証券化やM&A等の法人営業を担っていたところ、三行合併後の人事制度をつくる必要がある、ということでまた人事部。その後の外資系生保では、人事だけでなく、経営企画の責任者として収益管理や広報も担当。前職の証券会社では監査部長も経験。このような変遷がありましたが、結局、自分にとってのキャリアの柱は、通算約28年一貫して金融業界で携わってきた人事の仕事ということになります。

コロナで外出もままならなかったなか、「この経験を何かしら次世代に遺すことができたら良いな」という心境になり、「企業価値を高める組織・人材マネジメントの思考と実践」(きんざい)を上梓した次第です。名だたるコンサルティングファームの方から「実務家がこういう体系的な本を書いたのは初めてではないか」とおっしゃっていただきました。よろしければ、一度手に取ってみていただければ幸いです。

(労働新聞社「労働新聞」コラム「ぶれい考」掲載原稿を同社許諾を受け転載、一部修正。画像はCopilot作)

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